親知らずという歯

病院の受診は慎重になる人でも、歯科は意外に気楽に受けているのではないか。それで大丈夫だろうか、という疑問です。なかでも親知らずを抜歯するのは慎重にした方がいいのではないか、という問題を取り上げます。

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東近江市で

歯の調整への疑問

歯を調整中の方への操法を私のところではお断りしています。歯の専門家によると歯は意外に動きのあるもので、少し大きな力がかかると、簡単に動いてしまうものだそうです。ですから矯正とかブリッジとかが進行中だと、歯の位置が定まらずに動きやすいためでしょうか、操法をしても効果が出ないことが多い。これを裏返して考えれば、歯が少し動くだけで全身に影響を与えている可能性がある、ということになりますね。

それなら調整済みの人はいいのか、という疑問が出ても当然でしょう。すでに歯の調整は終わっているのに、顎の位置が悪いため、身体が酷(ひど)い状態になっている方が最近あいついで来られました。

共通しているのは親知らずを抜いていることです。親知らずを抜くとどうも具合が悪いのではないか、と思います。私も最近、歯科へ行って治療を受けましたが、親知らずを抜きましょう、と言われて必死で抵抗しました。親知らずを抜かれて、からだがガタガタになったという人を何人もみているからです。そのうちの一つの例をご紹介します。

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長屋門(東近江市五箇荘)

親知らずを抜くと

この女性(40代)は親知らずに虫歯ができて、生まれて初めて歯科に行ったそうです。すると、親知らずがグラグラになっているので抜いてしまいましょう、という話になった。

抜いた後、どうも身体の調子が悪いなと思っていたとき、ちょっとした不注意で顎を強く打ってしまった。それから身体の状態がさらにおかしくなって、脚に力が入らず、歩けない状態になった。病院を転々としたけれど、どこもまともにとり合ってくれない。奈良県内のある病院では、難病の一つではないか、とさえ言われてフラつき止めの薬を処方してもらった。でもそれを飲むと胸が苦しくてしようがない。まだ若いのに杖をつく始末になった。こんなことなら死んだ方がまし、と思いつめるようになった ──。

こういう状態で朱鯨亭に来られたわけです。しかし上に書いたことは、後で分かったことで、初めは歯のことや顎のことは何もおっしゃらなかった。ですから私も、何がどうなっているのやら、さっぱり分からない状態で、とりあえず4点操法を中心に対応して、何とか杖が要らない状態で帰っていただきました。

2回目、ふと顎を見ると、とても歪んでいます。これはおかしいと思って聞いてみると、上のようなことを話してくださったわけです。ご本人も歯のことにウスウス気づいていたとしても、まさか顎の歪みでこれほどの症状が出るとは思いも寄らないことだったのでしょう。顎を調整すると、脚に力が入らない状態がかなり改善しましたが、何しろ酷い状態が1年以上続いていたということですから、一度にすべてよくなるというわけには行きません。

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東近江市金堂

退化する歯と顎

この例でも分かるように、顎が大きく歪むと酷いことになる場合があるとわかります。先日、丸橋賢『体調不良は歯で治る!』(角川 oneテーマ新書)という本を読みました。この本によれば、大半の病気は歯の歪みに由来しているそうです。詳しくは、この本を読んでいただくとして、ごくかいつまんで内容をまとめると、次のようなことになるでしょうか。

第二次大戦後の日本は、アメリカからの物資が入ってきたこともあって、食べ物が急速に変化した。給食がその典型。固いものを噛まないようになって、急速に歯と顎が衰え、下顎が後退し、歯並びもエラのはった形からほっそりした形に変わった。顎は全身の傾きを調整する器官でもあるので、背骨の状態が咬合(かみあわせ)の影響を受けて、頚、背中、腰と下へ下へと影響していく。その結果、あらゆる身体の異常を生み出すことになった。背骨の両側から出ている神経系だけでなく、ホルモン、免疫も異常になってきた。咬合を治すと、これらの状態が改善することが珍しくない。現代の日本では、座視できない歯と顎の退化が進行している ──。

ざっとこのようなことが書かれています。ちなみに丸橋さんは群馬県で歯の治療に取り組む歯科医です。ほとんどすべての原因が歯であるという見解には、私は同意しかねますが、しかし上の例でも分かるように大いに頷(うなず)けるところがあります。

みなさんの中にも経験のある方がいらっしゃると思うので、親知らずについて一言付け加えると、親知らずを抜いたために顎がおかしくなった、という人を時々見かけます。歯科医はどのような理由からか親知らずを抜歯したがりますが、抜歯の条件として、その後の咬合をしっかり調整してくれるのかどうかを確かめることが必要ではないでしょうか。「噛みあわせが悪くなったらいつでも対応しますよ」といった程度の、曖昧な答えしか出てこない場合は警戒した方がよい、というのが私の考えです。

親知しらずを抜歯すると、それによって全体の咬合が変わってくるのでしょう。そのために顎関節の位置がおかしくなる。その時には虫歯ができたわけでもないし、何だか顎がガクガクするな、顎関節症かな、という程度ですませてしまいます。ところがその間に身体の変調がどんどん進んでいるという場合もあるでしょう。顎の歪みは無視できない問題だと感じています。

( 2010. 10 初出 )