靴工房で

靴になぜヒールがつけてあるのか? という素朴な疑問に靴屋さんに答えてもらいました。

rotus

靴工房を訪ねる

朝夕わたしは「奈良町」の通りの一つを辿って、自宅から朱鯨亭まで通勤していますが、途中に「興福寺」、「元興寺」(がんごうじ)と、二つの世界遺産があります。考えてみれば二つの世界遺産を通過する通勤路は、贅沢の限りということになるかもしれません。

その元興寺の筋向かいに「K靴工房」があり、朱鯨亭でもお馴染みのKさんが靴工房を開いています。私はここを通過するたびに、中をそれとなく覗く。大抵はKさんがうつむき加減で靴作りに勤しんでおられますが、ときどき、ドアを押して中に入り、ここで靴問答をすることがあります。

昨日も帰路に中を覗くと、靴作り教室の生徒さんたちが靴作りに余念のない様子。私がドアを開けると、Kさんが入り口まで出て来られた。

tsuwabuki
ツワブキ

後ろ重心の人が多い

── こんにちわ。お久しぶり。 というやりとりの後、

── 今日は質問があって、来ました。と私。
── はい。
── 靴にはなぜ踵があるの?
── 踵とは、ヒールのことですか。
── そうです。
── ヒールがないと、うまく立てないし、止まれないからです。とKさん。 それでなくても、後ろに重心がある人が多いので、ヒールがないと、後ろにそっくりかえってします。
── なるほど。ただ、下駄とかも、このごろ踵をつけたものがあるけれど、あれは?
── 下駄の場合は、立つ原理が靴と違うから。下駄は平らで、鼻緒で立つから、 踵を付ける必要はないはず。
── だけど、下駄屋でみると、このごろの下駄は大方踵を高くしてあるよ。
── そうですか。
── あれ、何のためなのか、といつも疑問。
── 靴の場合は、靴底に反りがつけてありますから、ヒールがないと靴底がつぶれるというのもあります。
── ああ、なるほどね。
── 立つ時は、三点支持で立つのが一番安定するので、ヒールがある方がいいんでしょうね。

chikori
チコリ

距骨の状態が全身に影響する

── ところで、この前、踵正坐がうまくできないTさんが来られたでしょう。
── はい。はい。
── 足を直してもらいに靴屋さんに来るというのも面白いけれど、どこを直したんですか。
── 外重心になっているんで腓骨を修正して、あと、足首の周辺を整えて、 そんな感じでしょうか。
── 足首というと、阪大の先生だった水野祥太郎さんの 『ヒトの足─この謎にみちたもの』(創元社) という本があって、距骨には筋肉などが繋がっていない、 あんな骨がなぜ重要なのかという意味のことを書いている。やはり、ベアリングの働きに近いらしい。
── 「滑車」 といいますね。
── その距骨の働きはよく考える必要があると思うんだけれど、あれ脛腓間を締めると、動くらしい。 母趾操法をすると、内果の下の圧痛が消えてしまうんや。
── 連動してますね。
── そうそう。距骨周りの骨がどういう状態になっているかが、 からだ中に決定的な影響を与えているのは間違いない。 靴が全身に深い影響を与えるということになる。ところで、なぜ外重心の人が多いんだろうか。
── それは道路に原因がありますね。
── かまぼこ型になっているから?
── それもあるけれど、硬くてフラットすぎるんですよ。もう少し凸凹がある方がいい。
── そこへ話が行くか。道路を変えないと、どうしようもないという話。 靴の外側が減ってくると、ますます外重心を強調する結果になるし。 それで靴屋がもうかるという結果になるか。道路が悪いと靴屋が儲かる。どこかで聞いたような。
── いやー。お邪魔をしてしまった。明日のメルマガに書きますから・・・。教室の女の人たち楽しそうですね。
── 手より口の方が動いているんじゃないですか。

( 2014. 11  初出 )